LATE NIGHT READING ~眠れない夜に~ 後編
当たり前の日常という、祈り
アーティスト内田松里さん
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夜明けが最も暗い
そこから、全てが壊れてしまった。この世にもう泰平君はいない。外に出たくない。人に会いたくない。ただ、泣き暮らした。泰平君を失った後、次の男の子を授かり事故から一年後に出産をしたものの、息子の一人を失った悲しみはただただ深く、立ち直ることは出来なかった。
5年間ほど、ほぼ家に閉じ籠り買い物に行くことも一切なかった。家庭の中で、料理、掃除、洗濯、子供のお世話といった、日常のことを淡々とこなすことだけが、唯一の心の救いとなった。
「絵なんて、間違っても描くわけないでしょ。無理。」
長い間、画材とキャンバスは、ただ静かに部屋の隅に佇むだけだった。何故、こんなことが起こるのだろう?その問いと共に、怒りが溢れてきた。家族のみんなが時に楽しそうに笑っていると、松里さんにはそれが受け入れられず、「何でそんなふうに笑えるの。」と怒ることも何度もあった。街を歩く他の子供たちの顔を見ることも、その時はどうしても難しかった。
「今、泰平はどうしているのかを知りたい。」
息子の死を受け入れられなかった長い間、聖書に出会った。聖書に向かい合ううちに、泰平君にも、希望と可能性があるということに気づいた。愛息子を失った悲しみを受け入れ、それを自分の人生の一部として歩むことを、始めた。死を乗り越えようとするのではない、希望を抱きながら生きることを始めた。
「時間はかかったけれどね。心の筋トレをして、また歩けるようになって、強くなったという感じかな。」

2011年から6年後。長い沈黙の後、白いキャンバスに向き合い、筆をとった。この藤野の地で、個展を開いた。泰平君の死が、松里さんの人生の、松里さん自身の一部となってから初めて描かれた絵たちが並んだ。
「そこから、少しずつ現実に戻ってきたんよ。行動範囲が、本当に少しずつ、少しずつ、広くなって。そして、14年後、今の私がある。」

絵が、物語るもの
「光、好きやね。」
そう語る松里さんの絵には、いつも光がある。溢れる光、差し込む光、瞬く光、包み込む光。
「本当に、あの出来事は、出口のないトンネルやったから。真っ暗闇の、長いトンネル。だけど、もう一度絵に向き合ってみた時に、一筋の光が見えた。それが見えた時の、あの忘れられない感覚みたいなもの、それが私にとっての光というものへの解釈なのかもしれないね。」
松里さんが、泰平君の生きた最後の瞬間から、彼に与えらえた明るい未来に目を向けることができるようになった時、そこに光が差した。
松里さんは、絵の意図はどうでもいい、と話す。ただ、心の喜ぶままに、楽しく描きたい。と。
「私が満たされながら描くことは、いのちに対する、感謝の表現。愛の表現。拙い絵やけどね、感謝を表したいかな。」

松里さんにとって、表現というものに向き合う前に大切なことは、喪失の中でも心の癒しとなった日々の営みの中にあるという。
「暮らしが、整っていることが何よりも一番大事。日常が整っていないと、心が整わない。そうすると、全てが雑になるよね。絵にもそれは出る。でもそんな時は敢えて、心を整えるために描くこともあるよ。紙に色を載せるだけでも、心が落ち着いていくからね。」

泰平君が亡くなって、直後に泣きながら描いたという一枚の花畑の絵がある。
「もうそばにいてあげられないから、せめて泰平がこんな綺麗なところにいたらいいなあ、って思いながら描いたんよ。」
その時もきっと、倒れそうだった松里さんの背中を、描く事が静かに支えてくれていたのだろう。

日常、それは平和がはじまる場所
自分の表現よりも、何よりも、当たり前に思える家族との平和な日々の暮らしこそを大切に想う松里さんが示してくれるもの。それは、人生をかけて仕事をするのではなく、人生をかけて日々の暮らしに向き合い、そこに祈りを込めるからこそ、そこから滲み出る表現が生きてくるということだ。
表現者と表現は一致しない、表現とはあくまでも、その人自身にとっての生きる道標であり、それを見る側と表現者を結ぶ架け橋のようなものなのだと、松里さんと彼女の絵が歩んできた道が語りかける。
一度は平穏な日々の暮らしを失い、そしてその暗闇の中でも暮らしの営みに支えられた松里さんが「当たり前の日常」を深く慈しむ姿を見て、私たちはもう一度、生きることの原点に立ち返る。どんな1日の終わりであっても、心地よいパジャマと共に眠りにつくと、必ず夜が明け朝がやってくるという、日々静かに繰り返される小さくて大きな奇跡に気が付く。

「天下泰平。世の中が、平和でありますように。」
その願いとともに付けられた泰平くんの名前。未だ争いが絶えないこの世の中において、泰平くんの名前が、より深く心に響く。私たちが、愛と希望を選択し、目の前にある日々の暮らしに平和を創造し、祈りを込めて今日も生活をすること。
松里さんの願った平和とは、足元にある暮らしから始まる。だから彼女は今日も誰よりも早起きをして、暖かなパジャマに身を包んだまま、家族のために1日の始まりを整える。光を、迎え入れる。

「私ね。泰平にはまた会える、って思ってるねんよ。」
いい笑顔で、最後にそう話してくれた。
松里さんの絵の中の小鳥が、光の方へと羽ばたいた。

Text : Misha Aoki Solorio
Photo: Kyohei Yamamoto
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内田松里さん
兵庫県神戸市生まれ。学生時代から得意な絵に導かれ、音楽、ファッション、アートに目覚める。嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科に進学、卒業後もサブカルチャーに傾倒し海外へ足を運ぶ。デザイン事務所を経て独立。結婚、出産後、子育てをきっかけに神奈川県・旧藤野町へと移住。長男の死を経験し一時は創作活動から離れるが再び絵に向き合う。現在もCDジャケットや本の装画、絵本、パッケージ、Tシャツ、フライヤーなどを手がけ、都内でも数々の個展を開催。絵を通して生きることに向き合い、心の表現を続けている。

□Instagram
@uchidamatsuri_art
